2008年にノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎さんが亡くなられたそうです。
心からご冥福をお祈りします。
南部さんのお名前は、2年前に宇宙物理学の勉強を始めた時に知りましたが、いろんな領域でお名前が出てくるのでびっくりしました。
「素粒子物理学の予言者」という異名を持っていのも分かるような気がします。
2013/8/15の記事をご紹介します。
対称性の自発的破れにみるように、数年後に流行するアイデアをいち早く考案する先見性のゆえんです。
さらに、南部さんの理論が非常に難解だったこともその理由のようです。
論文を発表した直後はその理論に近寄ろうとする人はあまりいないのですが、しばらくすると一部の研究者が平易な言葉でわかりやすく語るようになるそうです。
やがて南部理論の重大性に多くの研究者が気づいて、学会に広まっていくそうです。
ある物理学者はこう言ったそうです。
ナンブは先見の明がありすぎるので、ほかの人には彼の考えを理解できない。
また別の物理学者はこう言ったそうです。
私はあるとき、ナンブが今何を考えているかが分かれば、ほかの人より十年先んずることができると思いついた。
そこで、彼と長い時間話し合ったが、彼が何を言わんとしているかを理解するのに十年かかった。
南部さんのノーベル賞受賞理由は「サブアトミック物理学における対称性の自発的破れのメカニズムの発見」です。
南部さんが「対称性の自発的破れ」を提唱した論文を発表したのは1960年代初期です。
この論文では「真空の対称性が自発的に破れることで、素粒子は質量を獲得した」という仮説を唱えました。
これに刺激を受けて、イギリスのピーター・ヒッグスさんらがヒッグス場についての論文を発表したのが1964年です。
だが当初は、対称性の自発的破れもヒッグス場の理論も学会の注目はほとんど集まらなかったと言います。
これらのアイデアにようやく光が当たるのは数年後です。
電磁気力と弱い力を統合する電弱理論という斬新な理論が構築され始めたときです。
でもこの野心的な試みは難航しました。
量子電磁力学で成功をおさめたゲージ理論に従う限り、力を伝える粒子はことごとく質量がゼロでなければならないのです。
そこで注目を集めたのが、質量を持たない粒子に質量を与えてくれるヒッグス場であり、その礎となった対称性の自発的破れというアイデアだったのです。
全ては南部さんから始まったのです。
本によって「対称性の自発的破れ」と書かれてあるものと「自発的対称性の破れ」と書かれてあるものがあります。
同じようで微妙に違うような気もしますね。
「対称性の自発的破れ」に関して、電弱理論の考案者の一人であるアブドゥス・サラムさんの解説を紹介します。
丸いテーブルでみんなが席に着きました。
でもナプキンがちょうど隣りの人との真ん中にあるので、どちらを取ればいいのか迷ってしまいました。
やがて一人が右側のナプキンを取ったので、他の人もその人に倣いました。
どちらを取ればいいのか迷っている状態は、不安定ながら対称性が保たれている状態です。
でもこのような不安定な状態は長くは続きません。
最初に取ったのは誰でもいいし、右側でも左側でもいいのです。
とにかく誰かが自発的に手を伸ばせば、誰もがそれに従うのです。
これが対称性の自発的破れです。
また強磁性体のミクロの磁石での説明もよく見かけます。
永久磁石に使われる鉄やニッケルなどの強磁性体は、小さな磁石の集まりです。
このミクロの磁石の正体は、鉄などの原子のスピンよって生じた磁気モーメントです。
この強磁性体を高温に熱すると、個々の磁石は勝手にばらばらな方向を向いてしまって全体では磁石でなくなってしまいます。
これを徐々に冷やしていくと、ある温度で急激な変化が起こります。
何かをきっかけに全てのミクロの磁石が向きを揃えるのです。
外部に磁界があればその方向に揃いますが、それが無ければどの方向を向くかは全くの偶然によります。
これも対称性の自発的破れです。
このように地球や宇宙に存在する様々な対称性は、安定を求めて対称性を自発的に崩すことがあるのです。
この対称性の自発的破れは、宇宙初期に「真空の相転移」をもたらします。
そしてこの真空の相転移は、ヒッグス場や四つの力の分岐やインフレーション宇宙論の考えにつながっていくのです。
相転移とは、例えば水の場合だと分子構造(H2O)を保ったまま 気体←→液体←→個体 というように性質を変えることです。
でも真空の相転移ってどういうことでしょう?
私にはまだよく解っていません。
南部さんは「対称性の自発的破れ」の提唱以降も大きな業績を残しています。
強い力の源泉である「色荷」という概念を提唱し、標準理論の一翼を担う量子色力学の構築に重要な役割を果たしています。
素粒子を粒ではなく一次元のひもと考える「ひも理論」の創始者も南部さんです。
ひも理論は一時すたれましたが、現在では四つの力を全て統一できるかもしれない「超ひも理論」として注目を集めています。
粒子が質量を獲得する仕組みはヒッグス場の他に実はもう一つあるのです。
背景にあるのは「カイラル対称性の破れ」というアイデアで、生みの親はこれまた南部さんです。
カイラル対称性の破れによってクォークが質量を増大させるメカニズムは、強い力の理論である量子色力学と密接に結びついています。
そしてこの理論は南部さんが世界に先駆けて提唱した「色荷」という概念を基に発展した理論でもあるのです。
参考図書
・現代素粒子物語 (中嶋彰さん、ブルーバックス、2012年6月発行)
・相対性理論から100年でわかったこと (佐藤勝彦さん、PHPサイエンス・ワールド新書、2010年10月発行)
・質量はどのように生まれるのか (橋本省二さん、ブルーバックス、2010年4月発行)