2020.09.30 Wednesday
宇宙物理学 閑話休題 (3) 奇跡の年
***** 閑話休題 *****
アインシュタインの奇跡の年
1905年は「物理学の奇跡の年」と呼ばれている。
特許庁に勤めていた無名の26歳の若者が、堰を切ったように「光電効果」「ブラウン運動」「相対性理論」という3つのまったく異なるテーマで、5つの論文(そのうち1つは学位論文)を発表する。
すぐには認められなかったものの、やがてその論文からまったく新しい2つの物理学である「相対性理論」と「量子論」が誕生することになる。
その若者とはアルベルト・アインシュタインのことだ。
特許局技師として日中は特許の申請書類をチェックする仕事をしながら、物理学の研究を進めていた。
1日を8時間の勤務と、8時間の睡眠と、残りの8時間を研究と家族のためにと、規則正しい役人生活を送っていたそうだ。
光電効果の理論
「光は粒子的な性質を持つ(光量子である)」と考えることで、光電効果が粒子の衝突として説明できることを提案した。
この光電効果の理論は、その後の量子論の発展の基礎になる。
1921年のノーベル物理学賞受賞の対象になったのは、この研究成果である。
ブラウン運動の理論
ブラウン運動をする粒子の運動を測定することによって、原子(または分子)の存在が結論づけられることを示した。
当時、物理学者の間でもコンセンサスが得られていなかった原子論が、実験によって決着できることを述べたのである。
「分子の大きさの新しい決定法」と題した学位論文をまとめている。
ニュートンの奇跡の年
それより240年ほど前の1666年も、科学史上で「奇跡の年」と呼ばれている。
主人公はアイザック・ニュートンで、わずか23歳だった。
ニュートンは大学3年生のときに数学に本気で取り組み、古代ギリシャのユークリッドが著した幾何学の「原論」を読み始めた。
そしてその後の2年間で、無限級数を用いた関数の展開式の発見、曲線の傾きの求め方の発見、双曲線の下の面積の求め方の発見、などを成し遂げている。
1664年から1665年にかけて、イギリスではペストが流行して、ケンブリッジ大学も閉鎖になり、故郷のウールスソープに戻ることになる。
でもその故郷に戻っていた約1年間で3つの大発見をし、世に言う「奇跡の年」になったのだ。
・光の屈折を解明した虹(のちのスペクトラム)理論
・微分・積分法の考案 (ライプニッツとは独立に)
・万有引力の法則
ガリレオ・ガリレイ
イタリアのピサで生まれ、医学を学ぶために大学に入学したが、アルキメデスの著作に夢中になって、数学者になったそうだ。
近代科学的な手法の樹立に多大な貢献をし、しばしば「近代科学の父」と呼ばれている。
また天文学分野での貢献を称えて「天文学の父」とも呼ばれている。
さて名前の呼び方だが、「ガリレイ」と書いている本が最近多いことに気がついた。
私の小さいころは「ガリレオ」と呼んでいた記憶があるのだが、、、。
そこでちょっと調べてみた。
姓はガリレイで、名はガリレオだ。
ということは、私は今まで姓ではなく名(いわゆるファーストネーム)で呼んでいたわけだ。
でもどうしてだろう?
生まれ故郷のイタリアのトスカーナ地方の風習では、長男の名前は姓の単数形が付けられるそうで、そのためにガリレオという名前が与えられたと言われている。
そして偉人に対しては姓ではなく名を使うというイタリアの習慣にならってガリレオと呼ばれることとなったようだ。
それが、最近は[姓]で呼ぶようになってきたということだろうか?
参考図書
・「現代物理学が描く 宇宙論」、真貝寿明、共立出版、2018年
・「天の川が消える日」、谷口義明、日本評論社、2018年
・「超入門 相対性理論」、福江純、講談社ブルーバックス、2019年
・「現代物理学が描く 宇宙論」、真貝寿明、共立出版、2018年
・「天の川が消える日」、谷口義明、日本評論社、2018年
・「超入門 相対性理論」、福江純、講談社ブルーバックス、2019年