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2020.10.18 Sunday

宇宙物理学  不確定性原理

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    ***** 基礎物理学 > 量子論 *****

    不確定性原理は、量子論の肝(きも)だと思っているのだが、すっきりと説明してくれる本がとても少なく感じている。
    それは測定に関する部分と本質的な部分とが、しっかり切り分けされていないためではないだろうか?

    なお「位置」と「速度」に関して説明しているものが多いが、「位置」と「運動量」のほうが適切だと思う。



    注意しなければならないこと

    この領域の話では、以下のような言葉が出てくる。
      ・不確かさ
      ・測定誤差
      ・測定における擾乱
      ・ゆらぎ

    これらは似ているが、同じではない。
    そして人によって使い方が違っていることがある。

    私も頭が整理できなくて、混同している。



    ハイゼンベルクの不確定性原理
     

    粒子の位置をQ、運動量をPとする。

    ベェルナー・ハイゼンベルクは1927年にガンマ線顕微鏡の思考実験から、以下のような結論を得た。
      ・位置Qと運動量Pは同時に正確に測定することはできない。
      ・その測定誤差ε(Q),ε(P)には以下の関係がある。
         ε(Q)ε(P)≧h/4π hはプランク定数

    この不確定性原理は、微視的スケールでは、粒子の位置と運動量を共に正確に知ることができないことを定量的に明らかにした。
    これはニュートン力学の決定論的世界観を覆したことを意味し、大きな社会的反響を呼んだ。

    ここで、「同時に」という言葉に注目すると、これは、QとPに対して必ずしも「同時に」測定装置を作動させることを意味するのではない。
    同時刻のQとPをともに正確に決定できないと解釈すべきだと小澤正直さんは言っている。


    ところで「正確に知ることができない」とはいったいどういう意味だろう?
    ハイゼンベルクが「ガンマ線顕微鏡」という思考実験を使ったせいか、どの本にもまず測定に関する話が出てくる。
    そこで測定精度(誤差)のことかな?と思っていると、いつの間にか、測定に関係なく量子の本質的な性質だという話になってしまう。
    訳が分からなくなってきた。



    ケナードの不等式

    ところで、「ケナードの不等式」という非常に似たような式があることを最近知った。

    位置のゆらぎσ(Q)と運動量のゆらぎσ(P)の間には
         σ(Q)σ(P)≧h/4π hはプランク定数
    という関係が任意の波動関数に対して成り立つことを証明したものだ。

    「ゆらぎ」というのは、測定誤差とは全く異なる概念だ。
    与えられた状態で測定装置に関わりなく存在する量子物理量の値の不確定性であり、誤差なしで測定できたとしても、同一の状態で多数回測定したときに測定値のばらつきが生じることがある。
    これがゆらぎで、その大きさは、測定値の2乗の平均から測定値の平均の2乗を引いた値の平方根で定義される。



    不確定性には2つの意味がある

    いろんな本を読んでいくうちに、不確定性にはどうも2つの意味があるようだと思うようになった。
    測定にかかわる話と、量子の性質にかかわる本質的な話だ。
    両者は別物だが、密接に関係はしているようだ。


    (A)
    「測定にかかわる不確定性」は、位置と運動量の測定において、
    位置を測定しようとすると、その行為が測定対象の運動量を変化させてしまい、運動量の測定値に不確かさを生んでしまう。
    このように、ある物理量を測定したことによって、他の物理量が変化してしまうことを「擾乱」という。
    逆に、運動量を測定しようとすると、その行為が測定対象の位置を変化させてしまい、位置の測定値に不確かさを生んでしまう。
    位置と運動量のどちらかだけなら正確に調べることができるのだが、両方を同時に正確に調べることができない。
    位置の測定精度を上げようとすると、運動量の測定精度が下がってしまう。
    逆もまたしかりだ。
    またこれによって、どちらを先に測定するかで、結果が違ってくる。
    という測定精度の限界に関する主張だ。


    (B)
    「量子の性質にかかわる本質的な不確定性」は、
    量子の位置と運動量は、同時に値を決めることはできない。
    測定する前から、位置と運動量はある値に決まっていたわけではない。
    観測する前の量子の状態は何ひとつ決まっていない。
    いう主張だ。

    具体的に説明しないと意味が伝わらないかもしれない。

    電子を例にとってみよう。
    電子は位置と運動量という性質を持っていると誰もが思っている。
    それを正確に知ることができない場合は、人間の観測方法に限界があるからだと思うだろう。
    だが、電子はもっともやもやした存在なのだ。
    測定を行う前には、そもそも電子が明確な位置と運動量という物理的な性質自体を持っていない。
    それらは、測定されてはじめて、その値がはっきりと決まるのだ。
    ただし、位置と運動量を同時に決めることはできない。
    もう一度言うが、観測によって決まる値は、あらかじめ電子に備わっているわけではない。


    そして、次のように思える。
    ケナードの式は、明らかに(B)に関することだ。
    ハイゼンベルクの式は、(A)と(B)の両方が絡んでいるようだ。
    でもそんな単純な話でもないような気もする。



    小澤の不等式

    1970年代後半から80年代前半にかけて、重力波検出計画のために測定精度の理論研究が進められた。
    そして、ハイゼンベルクの不確定性原理を超える精度の測定方法があることが明らかになった。

    そこで数学者である名古屋大学教授の小澤正直さんは、ハイゼンベルクの不確定性原理を拡張し、どのような測定にも当てはまるような不等式として表現した。
    2003年のことで、「小澤の不等式」と呼ばれている。
     

    ΔqとΔpは、それぞれ測定における位置と運動量の不確かさで、σqとσpは、それぞれ位置と運動量に関してもともと持っていた量子ゆらぎだ。
    この不等式は、ウィーン工科大学の長谷川祐司さんのグループが、2012年に実験でその正しさを実証した。

    村山斉さんによると、これはハイゼンベルクの不確定性原理が間違っていたということではなくて、両者は別物だからそのあたりをきちんと整理したということだそうだ。

    小澤さんが書かれた「不確定性原理の新しい姿」という資料を見つけた。 → こちら
    丁寧に書かれているが、私には読みこなすことはできなかった。



    量子の性質にかかわる本質的な不確定性とは

    先ほど不確定性(B)のところで、
      量子の位置と運動量は、同時に値を決めることはできない。
      測定する前から、位置と運動量はある値に決まっていたわけではない。
      観測する前の量子の状態は何ひとつ決まっていない。
    などと書いたが、3つの文章は全く同じことを言っているわけではない。

    では正確にはどういうことなのだろうか?
    そして、それはハイゼンベルクの不確定性原理から明確に導けるのか?

    残念ながら、私にはほとんど分かっていない。
    ヒントになりそうなことは幾つか見つけたが、、、。


    小澤さんの資料には、次のように書かれてあった。

    量子力学の実在論的解釈をめぐって、「ケナードの不等式から、位置と運動量は同時に確定した値をもたないことが結論される」と説明されることもある。
    しかし、これは疑問である。
    このような主張は、通常、コッヘン・シュペッカーの定理と呼ばれているが、この定理の証明はケナードの不等式から容易に導かれるようなものではない。
    ゆらぎがあるというだけから、ゆらぎの原因がわれわれの無知によるものか、それともそもそも同時に確定した値をもたないことによるものなのかを判定することは難しい問題である


    コッヘン・シュペッカーの定理なんてものがあったのか?
    ちょっと調べてみた。
    コッヘン・シュペッカーの定理は、現在の量子力学に採用されている数学理論では「すべての物理量に確定した値を付与しない」というものだ。
    いかにも数学者らしい言い回しだと感じる。

    これでは、依然として頭の中にもやもやしたものが残る。



    共役な物理量

    位置と運動量は特別な物理量なのだろうか?

    古典的な粒子では、位置と運動量は独立した変数であり、常に確定した値を持っている。
    だから、位置と運動量は特別な物理量ではない。

    しかし量子的な粒子(波の特性を持っている粒子)では、位置と運動量は独立した変数ではなく、特別な関係になっている。
    このあたりのことは、私は全くわからないのだが、位置と運動量の対は互いに「共役」であるというようだ。

    共役関係にある物理量の例としては、粒子の位置と運動量、時間とエネルギー、角度と角運動量などがある。



    エネルギーと時間に関する不確定性原理

    不確定性原理はエネルギーと時間に関しても成り立つ。
    すると驚くべきことに、「ある時間内にはエネルギーが保存されない」ということになるそうだ。

    その結果として、真空中から粒子が突然に出現することになる。
    真空からポッと粒子が出現するということは、無からエネルギーが発生したということだ。
    明らかにこれは「エネルギー保存の法則」に違反することだ。
    しかし真空中から現れた粒子はきわめて短い時間だけ出現し、すぐまた真空に戻っていって消滅してしまう。
    このような粒子は「仮想粒子」と呼ばれていて、そのままの姿を直接観測することは絶対に不可能である。
    なぜなら、その粒子を観測するためには何らかのエネルギーを当ててやらなければ観測できないからである。
    真空から出てきた粒子が観測目的によって与えられたエネルギーをもらい受けると、その粒子は元の姿を維持することができなくなってしまう。
    観測された粒子はもはや元の姿の粒子ではないのだ。

    ただし仮想粒子は「仮想」という文字は入っていても、実在する粒子である。
    なお、電子などのように電荷を持っている粒子の場合は、粒子と反粒子がペアで出現する。
     



    「量子の位置」と「測定された量子の位置」

    位置や速度の値が決まっていないという量子を実際に”観る”と、どのように見えるのか?
    スクリーンに電子を当てると一点が光るので、電子は一点にあるように見える。
    量子の位置や速度は不確定性のためにゆらいでいるはずなのに、実際に測定するとその結果はひとつに決まる。

    位置や速度がぼやけた「不確定な量子の姿」を直接見ることはできない。
    しかし、量子の不確定性は、測定を何度も行うことでその姿を現す。
    同じ条件で測定を行ったとしても、光点が現れる場所は毎回異なる。

    何かを認識したければ、私たちは必ず何らかの形で自然界に働きかけてその応答を読み取る必要がある。
    だから私たちが普段「位置」とか「速度」と呼んでいる概念は、正確に言うなら「測定された位置」「測定された速度」と言うべきだろう。
    もちろん普段の生活では、こんなややこしいことをいう必要はない。
    日常を支えている古典物理学的な世界観では、ものは決まった位置を決まった速度で動いていて、測定とはその決まっている量を読み取る作業だからだ。

    しかし量子の場合は、私たちにできるのは、せいぜい、同じ条件で何度も測定を繰り返して位置の分布を読み取ることだけだ。
    このように、不確定性が前提となる世界では「量子の位置」と「測定された量子の位置」は違う概念になる。



    不確定性原理による量子の描像は正しいのか?

    不確定性原理は、
    観測してみる前には、そもそも電子が明確な位置と運動量という物理的な性質自体を持っていない
    という。

    これは本当なのだろうか?

    量子論のこのような不思議な振る舞いに、特にアインシュタインは猛反発したそうだ。
    ただし、アインシュタインは量子論は間違っているとは考えなかった。
    量子論は不完全だと感じたのだ。

    でも、観測してみる前のことなど、どうやって確かめればいいのか?
    議論は平行線をたどった。

    だが、1960年代になって状況が一変した。
    アイルランドの物理学者ジョン・ベルが驚くべき洞察を得て、この問題は実験によって解決できることを示したのだ。
    たとえ実際に測定することはできなくとも、そういう物理量が存在するだけで違いが生じること、そしてその違いは実験により検出できるというのだ。
    この実験ができるようになったのは1970年代に入ってからのことだが、極め付きは1982年に行われたフランスのアラン・アスペと共同研究者たちによる仕事である。

    データを素直に受け取れば、アインシュタインは間違っていた。
    そして不確定性原理による量子の描像は正しかったのだ。
    この結論の背景には難解な論理があり、物理学者がそれを十分に咀嚼するまでには30年以上の時間を要したという。


     
    参考図書
      ・「宇宙を織りなすもの 時間と空間の正体」、ブライアン・グリーン、(訳)青木薫、草思社、2004年
      ・「量子力学はミステリー」、山田克哉、PHPサイエンス・ワールド新書、2010年
      ・「重力とは何か」、大栗博司、幻冬舎新書、2012年
      ・「村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?」、村山斉、高橋真理子、朝日新書、2013年
      ・「偉大なる宇宙の物語」、ローレンス・クラウス、(訳)塩原通緒、青土社、2017年
      ・「量子とはなんだろう」、松浦壮、講談社ブルーバックス、2020年


     








    コメント

    共役という言葉が使われているということは、支配方程式の解が複素数で表されていると予想します。高校の複素平面や大学でやった複素数はこんなところで役に立ってるんですね。実務分野である工学系が扱う複素数とはレベルが違いすぎます(笑)。
    2020/10/19 10:08 AM by 北杜の犬
    >北杜の犬さん、こんにちは。

    いろいろな分野で共役という言葉が使われますが、この場合はどうなんでしょうね?
    波を扱うので複素数と言えば複素数ですが、、、。
    私も工学系なので、頭を使うよりは手を動かすほうのタイプです。

    2020/10/19 5:54 PM by やまねももんが

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