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2015.08.30 Sunday

宇宙物理学  銀河の赤ちゃん(4C41.17)

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    「4C41.17」という天体は、120億光年彼方に見つかった銀河の赤ちゃんです。
    もともとは銀河電波として見つかったもので、銀河が密集したところに位置しており、周囲には多くの銀河やガスが存在しています。
      (注) 銀河団と呼ばれている場合もあります。


    イアン・スメールらはマウナケアのジェームス・クラーク・マクスウェル望遠鏡(電波望遠鏡)を使ってサブミリ波(赤外線とマイクロ波の中間の電磁波)で観測しました。
    ただし、宇宙膨張による赤方偏移で波長が4倍ほどに伸びているので、この電磁波が放射されたときは赤外光だったはずです。
    強い電波源があることがすでに知られている場所で、サブミリ波を放射する数万光年にもおよぶ大きさな領域を発見しました。
    それは太陽質量の数千万倍に及ぶ塵の雲の存在を指し示すもので、内側に隠されている何らかの強い電磁気放射によって加熱されているのです。
    それらの塵の領域のいくつかは、集団をなして群れを作っていました。


    遠方にあるそれらの暖かい塵の雲の中に潜んでいるものを探ることができるのは、透過力の高いX線光子に限られます。
    ケイレブ・シャーフらは、2002年にチャンドラX線観測衛星で約40時間かけて観測しました。
    中央の明るい点状のX線源のスペクトルは、そこに存在する濃い塵のなかのどこかに隠された大質量ブラックホールの降着円盤から発せられていることを示していました。
    しかし、端から端まで30万光年以上に伸びた羽のような構造は何でしょう?
    赤ちゃん銀河の重力井戸に落ちる熱いガスから発せられたX線だとすると、スペクトルのパターンが合いません。
    さらに通常の銀河におけるX線放射の100倍も強いのです。


      画像は Chandra のサイトからお借りしました。  → こちら


    ウィル・ヴァン・ブリューゲルは、ハワイのケック望遠鏡を使って、紫外線で観測していました。
    ここで紫外線とは水素原子のスペクトルのひとつである「ライマンα線(波長121.6nm)」を観測しているものと思われます。
    これによって、温かい水素ガスの分布を見ることができるのです。
    ただし、宇宙膨張による赤方偏移で波長が4倍ほどに伸びているので、実際の観測は可視光領域になっています。
    距離が分かっている天体からやってくる光子を正確に捉えられるように調整された特製フィルターを使っているそうです。


    X線を青で、紫外線を赤で色付けして作られた画像をお見せします。


     画像は SCIENTIFIC AMERRICAN のサイトからお借りしました。  → こちら


    全体を包むように見える繭のような構造は、周囲から流れ込んだガスだと思われます。

    水素ガスから発せられる紫外光の大きな広がりは30万光年ほどもあります。
    その領域はX線でも激しく輝いていて、ガスの紫外線の輝きと絡み合っているように見えます。
    そこには暖かい塵が発する赤外線光子がありますが、それ以上に宇宙背景放射の赤外線光子が存在しています。
    宇宙背景放射は現在はマイクロ波として観測されますが、120億年前には赤外線だったのです。
    そしてそれらが、相対論的な速さで運動する電子によって、「逆コンプトン散乱」というメカニズムでX線にまでエネルギーを高められていたのです。
    そのような電子はブラックホールから噴き出すジェットしか考えられません。

    このらせんを描いて運動する相対論的電子が周囲の宇宙空間に飛び散る最には、強い電波を発します。
    電波で観測すると、X線で見られた羽とほぼ同一線上に並ぶダンベル型の電波源が見られます。


      画像は Chandra のサイトからお借りしました。  → こちら
      左は可視光(ライマンα線)で、右は電波です。


    中心部には、2個以上の大質量ブラックホールがあるようです。
    おそらく、もともとは若い宇宙を別々に漂っていた若年期の銀河構造に含まれていたものでしょう。
    銀河が合体して、中心付近には私たちの太陽の数千万倍の質量を持つ塵からなる濃い雲があり、そのなかでは新たな恒星が盛んに作られていることでしょう。
    X線画像では、それらを透かして中心核のなかを見通していることになります。
    このブラックホールのペアはおそらく合体する途中だと思われます。


    この赤ちゃん銀河は、10億年か20億年でおそらく数千億個の恒星からなる巨大な楕円銀河になるでしょう。
    私たちが目撃している段階では、成長中の大質量ブラックホールの凄まじい力によって、電磁気放射や粒子がとても激しく行き交っています。
    重力が銀河を一つにまとめようとすると同時に、このエネルギーの流れ出しがそれに抵抗しています。
    しかし、その抵抗はいずれ無駄に終わるでしょう。
    中心核にある、全体と比較するとごく小さいブラックホールが、実は銀河の成長を抑制しているのです。



    参考図書
      ・重力マシン (ケイレブ・シャーフさん(訳:水谷淳さん)、早川書房、2013年3月発行(原書は2012年))











    2015.08.27 Thursday

    今年の夏の天気は本当に変ですね

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      朝顔はやはり曇り空には似合いませんね。




      今年の夏の天気は本当に変ですね。

      梅雨明けは遅いかも?という予報を裏切って、関東甲信地方はほぼ平年並みの梅雨明けでした。
      そして、その後の猛暑が厳しかったですね。

      その猛暑は8月になっても衰えず、残暑も厳しそうという予報でウンザリしていましたが、
      ここ数日は「夏はどこに行ったの?」というほどの涼しさです。
      八王子の最高気温は2日続けて20℃を下回り、肌寒いほどです。
      セミの鳴き声も聞こえなくなって、もう秋の虫が鳴いています。

      太陽もほとんど顔を出しません。
      ここ1週間でまともに日照があったのは1日だけで、曇り空ばかりです。
      秋雨前線の出番は1ケ月早いですよね。

      ナスが猛暑で弱ってしまったので7月下旬に切り戻りました。
      枝がまた伸びてきて花を咲かせるようになりましたが、実が大きくなりません。
      日照不足のせいでしょうね。

      大陸から移動性高気圧がやってきて、すっきりした青空が広がって欲しいです。











      2015.08.25 Tuesday

      宇宙物理学  天の川銀河とブラックホール

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        [天の川銀河はグリーンバレー]

        銀河には赤い星、黄色い星、青い星があります。
        青い星は重いので、寿命が短く、わずか数百万年で核融合燃料を燃やし尽くしてしまいます。
        従って夜空に青い星を見つけたら、それは若い恒星系を目にしていることになり、その場所では恒星の誕生と死が続いていることが分かります。

        一個の銀河からやって来る光を全て足し合わせると、全体的な色は赤と青の2つのカテゴリーに分類されます。
        赤い銀河は主に楕円銀河で、青い銀河は主に渦巻き銀河です。
        これら2つの色のグループの間に、過渡的とみなせる領域があり、そこに属する系はおそらく、若く青い星が死んでもはやその代わりが生まれず、赤くなりつつある途中だと思われます。
        天文学者は、この中間領域を「緑の谷(グリーンバレー)」と呼んでいます。


          画像は Galaxy Zoo のサイトからお借りしました。  → こちら
          図の横軸は銀河の質量で、縦軸は色合いです。
          Early-type galaxies は楕円銀河、Late-type galaxies は渦巻銀河です。


        銀河の中心にある大質量ブラックホールは、その活動がオンとオフを繰り返します。
        物質を大量に飲み込んむと活動が高まってオン状態になり、食べるものが尽きてくると静かになってオフ状態になるのです。
        このオンオフ・サイクルの長さは銀河に含まれる恒星の総量と関連しているようです。

        過去10億年にわたってブラックホールのオンオフ・サイクルが最も早いのは、緑の谷に属する最も大きい渦巻き銀河です。
        それらの銀河の10個中1個で、ブラックホールが盛んに物質を飲み込んでおり、宇宙のスケールで言えば絶えずスイッチをオンオフしていることになります。

        銀河が緑の谷に属することと、中心のブラックホールの活動との物理的関係は謎です。
        驚くことに、最近になって、天の川銀河は緑の谷に属する極めて大きい銀河の一つであることが明らかになりました。


        従って天の川銀河の大質量ブラックーホールはオンオフ・サイクルが早いはずだが、あまり活発そうには見えません。
        しかしそれは単なるタイミングの問題、すなわち、私たちの短い生涯と宇宙の一生との大きな隔たりの問題かもしれません。
        2010年に発見されたフェルミバブルはガンマ線で輝いているが、その放出のメカニズムはジェットを噴き出している大質量ブラックホールを持つ銀河を取り巻く、さらに大きな構造に見られるものと同じなのです。
        そしてそれは、ここ数十万年以内に起こったブラックホールの成長と活動の表れであることが分かっています。
        また300年前には、銀河中心部で現在より100万倍もの強さでX線が放出されたことも分かっています。
        このように様々な根拠から、私たちの銀河には極めて活動的なブラックホールがあると考えることができるのです。
        いつかこの重力エンジンが再び点火するのは間違いないのです。


          画像は Vanderbilt Univ. のサイトからお借りしました。  → こちら



        [太陽系はちょうどよい場所にいる]

        生命の誕生と、大質量ブラックーホールの大きさや活発さとの関係は、複雑ではありません。
        生命を生み出せる穏やかな環境は、大食漢だがその後に力尽きるブラックホールではなく、少しずつ食べ物をかじる比較的大きなブラックホールを持ったタイプの銀河のほうが、はるかに生じやすいでしょう。
        ブラックホールの活動が激しすぎると、新たな星形成がほとんど起こらず、重元素の生成が止ってしまいます。
        逆にブラックホールの活動が弱すぎると、若くすぐに爆発する恒星であふれかえるかもしれないし、または撹拌がほとんど起こらずに何も生まれないかもしれません。

        天の川銀河は、恒星からなる中心のバルジが極めて小さく、中心のブラックホールもあまり大きくありません。
        そのような大型の渦巻き銀河に私たちが住んでいるという事実は、偶然ではないかもしれません。

        また私たちは銀河中心から2万5000光年の距離にいて、中心の大質量ブラックーホールから比較的守られています。
        そしてそこは「適度な」星形成領域でもあるのです。
        天の川銀河はいまだに恒星を作っており、その速さは1年あたりおおよそ太陽質量の3倍です。
        新たな恒星のほとんどは渦巻椀の端で形成されていますが、かつてよりも銀河中心から離れたところだそうです。
        星形成が活発すぎると重い恒星ができ、最後に激しい超新星爆発を起こします。
        それによって惑星の大気が吹き飛ばされたりして、重大な損傷を被るでしょう。
        しかし超新星爆発はまた重元素を宇宙空間にばらまく重要なメカニズムです。
        それが新たな恒星とともに惑星を作りだすのです。
        銀河中心からは十分に離れているが、ちょうどいま恒星が作られている賑やかで危険な領域には近すぎない、そんな「ちょうどよい」場所に私たちの太陽系はいるのです。


          画像は nature のサイトからお借りしました。  → こちら



        参考図書
          ・重力マシン (ケイレブ・シャーフさん(訳:水谷淳さん)、早川書房、2013年3月発行(原書は2012年))











        2015.08.24 Monday

        宇宙物理学  銀河とブラックホール

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          ほとんどの銀河には、その中心部に大質量ブラックホールが存在しています。
          そのブラックホールの質量と、円盤銀河の場合はバルジの質量、楕円銀河の場合には銀河全体の質量との間に相関関係があるそうです。
          中心のブラックホールの質量はそれらの0.2%ほどで、この関係は時間的には現在から宇宙年齢がわずかに20億歳であった赤方偏移 z=3.3 の時代まで成り立っているそうです。
           

            画像は HUBBLE SPACE TELESCOPE のサイトからお借りしました。  → こちら

          ブラックホールと銀河は同時に成長したようで、このプロセスは「共進化」と呼ばれていますが、詳細はまだ解明されていません。
          もちろん、その共進化は場所や銀河ごとに極めて多様であり、細かい歴史や環境が極めて重要な役割を果たしているに違いありません。
          それでも作用している基本的なメカニズムがあるようです。


          最も遠いクェーサーは、誕生してから10億年にすぎないきわめて若い宇宙に存在しています。
          そのため、これらの大質量ブラックホールは、宇宙に第一世代の恒星が誕生したのとほぼ同時に作られたとしか考えられません。
          大質量ブラックホールはどのように生まれたのだろうか?

            ※ このテーマは「大質量ブラックホール」でもお話しましたが、
              ここでは主にケイレブ・シャーフさんの本の内容をご紹介します。

          若い宇宙には重元素が無かったので、星間ガスの冷却効率が悪く、第一世代の恒星は現在の天体と比べて異常なほど大きく、太陽の数百倍の大きさがあった可能性があります。
          それらの恒星は速やかに燃えてブラックホールになったことでしょう。
          そして、互いに合体して周囲のガスを飲み込み、大質量ブラックホールのサイズにまで急速に成長したのかもしれません。
          しかし確証は得られておらず、ブラックホールがそこまで急速に成長できるほど十分な物質が周囲にあったとは限りません。

          成長中の若い銀河において条件が整えば、中心に巨大ブラックホールが直接生成しうるかもしれません。
          十分に巨大なガスの塊が作られ、それが自身の重さで収縮し、本来何十億個もの恒星に変わるはずの段階を飛び越えて、大質量ブラックホールが直接形成されたのです。
          しかし、そのような大量の超高密度なガスがうまく一点に凝集するには、水素とヘリウムが完全に純粋で条件も完璧でなければならないそうです。

          おそらくもっとありそうなのは次のシナリオです。
          赤ちゃん銀河の衝突と合体の過程では、凄まじい乱流の渦が生じます。
          この乱流領域が、衝突しつつある銀河から物質を引きずり込み、巨大で不安定な円盤状に集め、その中ではらせん状の波によってガスが中心へ向かいます。
          そして太陽の一万倍以上の質量を持つ奇妙な恒星が形成されます。
          その天体の中心核は短時間で崩壊し、大質量ブラックホールの種が作られます。
          全てがあまりに速く起こるため、残りの銀河ガスが拡散したり、あるいは凝集してもっと軽い恒星を作るような時間はありません。
          そうして新たなブラックホールは、このガスを飲み込んで極めて急速に成長する機会を得るのです。

           

            画像は Nature のサイトからお借りしました。  → こちら (注)本文とは対応していません。


          若い宇宙ではこれら3つの道筋のいずれかが機能していると思われますが、確実なところはいまだよく分かっていません。
          若い銀河が衝突合体するのは間違いないです。
          もしかしたらそれによって、腹を空かせた赤ちゃんブラックホールに次々と新たな物質が与えられ、成長していくのかもしれません。
          またもしかしたら、衝突する銀河の巨大な乱流渦によって異常に重いガスの雲が生成し、それが速やかに収縮して重いブラックホールになるのかもしれません。
           

            画像はNASAのサイトからお借りしました。  → こちら

          もし中心のブラックホールと、銀河中心の恒星の雲やバルジが同時に形成されたとしたら、それぞれの性質がもう一方に痕跡を残すと思われます。
          おそらく渦を巻いて流れ込む凝集しつつあるガスの大きな雲は、大きなブラックホールと多数の新たな恒星の両方を作ることができるでしょう。
          物質の量が少なければ作られるブラックホールは小さく、恒星は少なくなるでしょう。
          凝集した物質が事象の地平線より内側に収縮すると、その領域全体が速やかに活動を停止します。
          すなわち、そのブラックホールからのエネルギーの流れ出しが、残ったガスを全て吹き飛ばし、それ以上のあらゆる成長を妨げるのです。
          これは「銀河団とブラックホール」で説明したことと同じです。
          このことがブラックホールの質量と銀河中心核の恒星のあいだに現在見られる関連性に反映されているのかもしれません。


          同様のプロセスは、ブラックホールの成長における後の段階にも起こるかもしれません。
          すなわち、銀河間空間から銀河に物質が落ちてきて、星形成の引き金を引くとともに、中心のブラックホールの重力エンジンを点火させるのです。
          このようにして、ブラックホールの成長と恒星の形成は手を取り合って進んでいくのでしょう。



          さらに時間をさかのぼると、恒星と銀河の複合的な歴史のなかで、より小さいブラックホールが関わったであろう別の効果が現れてきます。
          第一世代の恒星も、単独ではなく兄弟姉妹として形成されたでしょう。
          ペアとして生まれた重い恒星のうち一方がブラックホールになると、うまい配置にあれば、そのブラックホールは相棒を蝕み始めます。
          相棒の恒星の物質がはぎ取られ、ブラックホールの周囲の降着円盤に流れ込み、円盤は摩擦熱で加熱してX線領域にまで達する光子としてエネルギーを解放します。
          これは、はくちょう座X-1と全く同じです。  ( → こちら
          このX線は宇宙の環境を劇的に変えたかもしれません。
          X線は紫外線よりもはるかに透過力が強く、ずっと遠くまで進むため、宇宙はもっと一様に加熱されます。
          ガスが温められることで、次の恒星の生成は減速します。
          しかし、赤ちゃん銀河の最も高密度な中心深くにまで貫通してきたX線は、新たな天体が凝集するルートを作りだします。
          X線光子によって水素原子は電子をはぎ取られ、原子核どうしが結合するきっかけを与えます。
          できた水素分子は水素原子よりも速く冷えることができるので、新たな恒星の形成が促進されるのです。


          こうしてみてみると、その大きさに関わらず、最初のブラックホールはその後の恒星の生成や銀河の環境に大きな影響を与えたようです。



          参考図書
            ・重力マシン (ケイレブ・シャーフさん(訳:水谷淳さん)、早川書房、2013年3月発行(原書は2012年))
            ・銀河と宇宙 (ジョン・グリビンさん(訳:岡村定矩さん)、丸善出版、2013年7月発行(原書は2008年))











          2015.08.23 Sunday

          宇宙物理学  銀河団とブラックホール

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            銀河団を単なる銀河の集合体と捉えると、宇宙の本当の姿が見えなくなってしまいます。
            下の画像は宇宙でのガスの分布をシミュレーションで再現したものですが、まるで蜘蛛(クモ)の巣のような構造(大規模構造)になっています。
             

            この宇宙規模の蜘蛛の巣の結び目で、ガスと恒星からなる巨大なアメーバのような存在が銀河団なのです。


            銀河団のなかでは、通常の物質の大部分は、極めて高温で希薄なガス、すなわちプラズマの形で存在しているそうです。
            このプラズマの質量は銀河団のなかの全ての恒星の質量を合わせたものよりも大きく、そのほとんどは原初の水素やヘリウムで、銀河団の重力井戸に捉えられています。
            重力井戸へ落ちていくにつれて加速し、互いに衝突して加熱され、銀河団の質量によっては5000万度という超高温になるそうです。

            ガスが高温であれば圧力も高く、重力によってそれ以上ガスが圧縮されるのを食い止めることができます。
            しかし、ガスは制動放射というメカニズムでX線を放射することで冷却されます。
            密度が高い中心付近ほど早く冷え、冷えると圧力が低下し、重力によって内側に落ちていき密度が高まります。
            この暴走的なプロセスによる宇宙規模のガスの流れは「冷却流」と呼ばれています。
            大型の銀河団のほとんどでは、中心に大きな楕円銀河が存在しています。
            冷えたガスは、最終的にはこの中心天体に落ちていくはずで、そもそもそのガスがこの銀河を作ったのかもしれず、また今でも盛んに新しい恒星を作りだしているに違いありません。

            ところが、、、。

            1990年代前半にはX線観測技術が向上し、銀河団の中心に集中しているX線放射は、理論的に予測される「冷却流」と一致するように見えました。
            しかし、中心には冷たいガスはわずかしか存在しておらず、新しい恒星が大量に作りだされている様子もありませんでした。
            1992年に2つの宇宙望遠鏡が打ち上げられました。
            NASAのチャンドラX線観測衛星と、ヨーロッパ宇宙機関によるXMM-ニュートンX線観測衛星です。
            観測結果は、ガスが冷えてどんどん落ちていき、そして何もなくなっていたのです。


            答はペルセウス座銀河団で見つかりました。
            ペルセウス座銀河団は、私たちの近傍の宇宙で最大の銀河団の一つであり、地球から見てX線で最も明るく輝いています。
            肉眼でX線を見ることができたとしたら、満月の4倍以上の大きさだそうです。
            X線画像によると、中心核領域には、高温の輝くガスのなかに、穴のように開いた大きな隙間が2つありました。
            そのX線画像に電波放射の地図を重ねたところ、電波で光る2つの目立ったローブがガスの隙間とほぼ完全に一致しました。
             

              画像は Chandra のサイトからお借りしました。 → こちら

            詳細なX線画像では、はっきりとした泡状の隙間と波状の構造が見え、それらが全て中心核の大質量ブラックホールから外側に向かって広がっています。

            泡状の隙間は、中心のブラックホールのジェットから供給される高速の高エネルギー粒子が銀河団のガスを押しのけることで作られたものです。
            高エネルギー粒子は数百万年前に放出されたと思われ、泡状の隙間の大きさは数十万光年もあります。
            中心核に近づくと新たな泡がいくつかあり、それらは電波を発する高温の電子で満たされています。
            それらの泡の間には微かな波状の構造がありますが、それらは音波の巨大なさざ波です。
            膨張する泡が巨大なパイプオルガンの大きな音のように作用し、波打つ圧力波を発生させて銀河団全体に拡がっていくのです。
            その波はガスを通過するときにエネルギーを解放し、ガスが冷えて内側に流れ込むのを妨げます。

            基本的に、ブラックホールに向かって落ちる物質の量が多いほど、エネルギーの出力が大きくなり、そもそも物質がブラックホールに近づくのが難しくなります。
            この効果は、銀河団のなかでさざ波を生じさせている泡によって起こります。
            これによってブラックホールの重力エンジンは減速しますが、その動きはかなり散発的でぎくしゃくしています。
            ときには、きわめて密度の高いガスや恒星の塊がうまく冷却されて、銀河中心核に達し、ブラックホールの手中に落ちていくこともあるでしょう。
            するとブラックホールは明るく燃え上がって、泡を膨張させるジェットを100万年にわたって吹き出し、その後は燃料を使い果たします。
            このように、構造を作ろうとする物質と、それを破壊しようとする力とのせめぎ合いによって、ダイナミックなバランスが保たれているようです。
            これを工学では「フィードバック」と呼びます。
            今では、全銀河団のうち70%に泡が存在している証拠があるそうです。

            少量のガスが加熱されて追いやられる前にうまく十分に冷えてしまうような銀河団では、もはやX線を発していない高密度で暖かい物質からなる細いフィラメント状の構造や、光り輝くクモの巣状の構造が見られます。
            ペルセウス座銀河団でも、中心の楕円銀河のなかにそのような構造が存在しています。
            数万光年に拡がるその構造には、若く大きな青色の恒星が存在しています。



            参考図書
              ・重力マシン (ケイレブ・シャーフさん(訳:水谷淳さん)、早川書房、2013年3月発行(原書は2012年))











            2015.08.22 Saturday

            宇宙物理学  ブラックホールの情報パラドックス (2)

            0

                   前回からの続きです。

              [ホログラフィック原理]

              ブラックホールの中に情報が落ちると、ブラックホールのエントロピー(表面積)が増加します。
              まるで、事象の地平線の中で起きていることが、ブラックホールの表面に映し出され、そこに記録されているように感じられます。

              トフーフトとサスキンドは、ブラックホールの内部の世界はホログラムに似ているかもしれないと考えました。
              さらにブラックホールに限らず、普段経験している3次元の世界はホログラムであり、宇宙は遠く離れた2次元の面にコード化されたものから生じる画像なのだと主張しました。
              私たちが認識している3次元空間はある種の幻で、無限の遠方にある2次元面の境界が本当の現実だというのです。
              このような見方を「ホログラフィック原理」といいます。
              何とも突飛な考えですが、サスキンド自身もホログラフィック原理は私たちが過去に慣れ親しんだものからショッキングなほどかけ離れている、と言っています。

              この考えをさらに拡張していくと、宇宙全体を支配する法則(超弦理論などの量子重力理論のこと)と、無限遠方にある2次元境界上の別の法則(重力と関係のない量子理論)が同等である、という予想が導かれるそうです。
              1997年、アルゼンチン出身のマルダセナという物理学者が、ある種の4次元空間での超重力理論が、その空間の3次元境界上の量子理論と同等ではないかと予想しました。
              その後、それが成り立っていることが確認され、さらにほかの次元でも同様に、ある次元の超重力理論が、それよりも1次元低い空間の量子理論と同等であることが確からしくなってきたのです。


              私たちは3次元空間に住んでいると信じていますが、ひょっとすると真実の世界は2次元面で、3次元空間と思っているのは、われわれの存在も含めて2次元面上の情報から写し出された幻なのかもしれません。
              ちょうどホログラムが2次元の情報から3次元世界をつくり出しているように。


              パラダイム・シフトを乗り越えるためには、「生まれつきプログラムされた神経回路を再配線しなければならない」とサスキンドは言っています。
              頭の柔らかい頃に古典物理学とユークリッド幾何学を叩きこまれた私には、無理ですねえ。



              [情報パラドックスの決着?]

              ホーキングは2004年に「情報はブラックホールから漏れ出て最終的に蒸発物の中かに現れると考えを変えた」と発表しました。
              しかし、ブラックホールからの放射に情報が本当に保存されているかについては、異論を唱えている物理学者もいるそうです。


              サスキンドはこの「ブラックホール戦争」は憎み合う敵同士の戦争ではなかったと言っています。
              実際、主だった参戦者はみな友人だったそうです。

              このようなパラドックスが物理学を大きく発展させるのでしょうね。
              だから、「情報パラドックス」という爆弾の余波はまだまだ続いているのです。


                ・2012年 : カリフォルニア大学のポルチンスキーらが「ファイアウォール(防火壁)説」を提案
                ・2014年 : ホーキング「見かけの地平線」を提案


              ブラックホールのイメージ


                画像は Wikimedia Commons からお借りしました。  → こちら (作成はNASAだそうです)



              参考図書
                ・ブラックホールに近づいたらどうなるか? (二間瀬敏史さん、さくら舎、2014年2月発行)
                ・時空のゆがみとブラックホール (江里口良治さん、講談社学術文庫、2012年8月発行)
                ・重力とはなにか (大栗博司さん、幻冬舎新書、2012年5月発行)
                ・ブラックホール戦争 (レオナルド・サスキンドさん(訳:林田陽子さん)、
                 日経BP社、2009年10月発行(原書は2008年))











              2015.08.21 Friday

              宇宙物理学  ブラックホールの情報パラドックス (1)

              0

                ブラックホールは暗く冷たい天体で、何でも吸い込むだけのものと思われていました。
                そして質量,回転,電荷以外に特徴が全くないと考えられ、ジョン・ホイーラーは「ブラックホールには毛がない」と言いました。

                ところが、エントロピーを持っていて、温度が定義できて、黒体放射としての電磁波を出すことが分かってきました。

                  うう〜ん、ブラックホールは奥が深くて難解ですねえ。
                  でも、今日はもっと難解な「情報」の話です。



                [ホーキングが投下した爆弾 ブラックホールの情報パラドックス]

                スティーブン・ホーキングは1983年に「情報はブラックホールの蒸発の中で失われる」と主張しました。

                ブラックホールに投げ込んだ情報がどうなるかを考えてみます。
                投げ込む情報は本やコンピュータでもいいし、1個の素粒子でも構いません。
                ブラックホールは「ホーキング放射」によって徐々に小さくなっていきますが、この放射は「黒体放射」なのでブラックホールの温度という情報しか持っていません。
                その温度は質量だけで決まるので、投げ込んだ情報に無関係なのです。
                やがて(気の遠くなるような時間が必要ですが)ブラックホールは蒸発してしまうので、投げ込んだ情報は永久に失われてしまうというわけです。

                情報が失われると、どうなってしまうのでしょうか?
                物理学の世界では、未来から見たとき過去がわからなくなることを意味します。
                量子力学においても、私たちが系に干渉しない限り、系が伝える情報が失われることはなく、時間を逆向きにして過去を一意に遡ることができます。

                この問題は「ブラックホールの情報パラドックス」と呼ばれています。

                これに対し、レオナルド・サスキンドとゲラルド・トフーフトらは「情報の保存は物理学の土台にあるものなので、情報が失われることを認めてしまえば、現代物理学の成果がなぎ倒される恐れがある」として、真っ向から対決しました。

                サスキンドは「ブラックホール戦争 スティーブン・ホーキングとの20年越しの闘い」という本を書いています。
                難解なところもありますが、物理学者の世界を垣間見ることができ、物理学者も生身の人間なんだなと感じる、読んでいてとても楽しい本です。




                [レオナルド・サスキンドとゲラルド・トフーフトらの主張]

                サスキンドらの主張は「情報はホーキング輻射で外に出てくる」というものです。
                  ブラックホールの地平線の表面には、プランク長ほどの非常に熱い層(拡張された地平線)が存在し、
                  情報も含めて地平線に落ちたもの全てを吸収する。
                  そしてそれがホーキング輻射によって外に出てくる。

                一方で、情報が失われると考える物理学者たちは次のように主張します。
                  地平線には、物体がブラックホールの内部へ進むのを妨げる障害物は何一つない。
                  光子であっても、どんな種類の信号であっても、何も地平線の向こうから戻ってくることはできない。
                  つまり、情報は「拡張された地平線」に留まっていられない。

                この相反する主張に対して、サスキンドは「ブラックホールの相補性」という論理を考えつきました。
                  ・ブラックホールの外側に留まっているあらゆる観測者には、拡張された地平線がブラックホールに
                   落ちるあらゆる情報のビットを吸収し、最終的にホーキング輻射という形で放出するように
                   観測される。
                  ・ブラックホールに落ちてゆく観測者にとっては、地平線は全く空っぽの空間であり、妨げられることなく
                   ブラックホールに落下していく。
                直感的には両者は矛盾しているように感じますが、サスキンドはそうではないと主張します。
                それぞれの立場にいる観測者にとって、それぞれが真実なのです。
                両者はその観測結果を突き合わせることが絶対にできなのので、矛盾を確認しようがないのです。
                これを「ブラックホールの相補性」と呼びました。



                [拡張された地平線とは?]

                私にはサスキンドのいう「拡張された地平線」というのがよく分かりません。
                本では以下のように記述されています。
                たどり着いたブラックホールの地平線の姿は、重力によって地平線に平らに広がる縺れた(もつれた)ひもだった。
                量子ゆらぎが起こり、ひもの一部がほんの少し地平線から突き出ている。
                ひも理論の言葉では、一種の膜にくっついている開いたひも(端のあるひも)である。
                これらのひもの一部は地平線から離れることができ、それによってブラックホールがどのように放射し蒸発するか説明がつく。
                これは、超弦理論におけるDブレーンと開いたひものことでしょうかね?



                地平線に落ちた情報がホーキング輻射によって外に出てくるということも理解できません。
                どうもこれは「量子もつれ」が関係する話のようです。
                結局、ホーキング輻射は単純な黒体放射ではないということのようです。



                  to be continued











                2015.08.20 Thursday

                宇宙物理学  ブラックホールに近づくとどうなる?

                0

                  ブラックホールに近づくとどんなことが起こるのでしょうか?



                  一定間隔で光の信号を出す装置を持った人がブラックホールに落下していくとしましょう。



                  [時間が凍りつく?]

                  それを遠く離れた安全な場所から見てみましょう。
                  ブラックホールに近づくにつれて重力が強くなるので、時間の進みが遅くなって、信号の間隔はどんどん長くなっていきます。
                  そして、いつまでたってもブラックホール(事象の地平線)に近づいていないように感じます。
                  遠くから見ると、ブラックホールの周りでは時間が凍りついて止まっているように見え、ブラックホールに落ちるのに無限の時間がかかります。

                  しかし一方で、自由落下していく人はそんなふうには全く感じません。
                  時間の進み方は変わらず、気づかないうちに事象の地平線を通り越して、あっという間にブラックホールに飲み込まれてしまうのです。

                  この無限の時間間隔のギャップこそが、ブラックホールの表面の特徴なのだそうですが、どうも素直に頭に入っていきませんね(涙)。



                  [重力赤方偏移]

                  遠く離れた場所から見ていると、光の信号はだんだんと間隔が長くなっていくだけでなく、波長が伸びていきます。
                  だんだんと赤みが増してきて、やがて赤外線になって、そして電波になってしまいます。
                  光が重力「井戸」を「登って」くるにつれてエネルギーを失うためで、これを「重力赤方偏移」と呼びます。
                  遠く離れた場所から見ていると、「事象の地平線」に達した人は止っているように見えると言いましたが、
                  厳密にいうと、そこからやって来る光は波長が無限に伸びてしまうため、見えなくなってしまうのです。




                  [ブラックホールに入ってしまったら]

                  「事象の地平線」の内側に入ってしまったら、どんなにあがいても外の世界に戻ることはできません。
                  逃げ出すことはおろか、停まっていることすらできません。
                  中心に向かってどんどん落ちていき、特異点で破壊?されてしまいます。
                  事象の地平線を横切ってから特異点で破壊されるまでの時間は、ブラックホールのサイズ、すなわち質量で決まります。
                  太陽と同じ質量のブラックホールの場合は約10マイクロ秒で、この時間はブラックホールの質量に比例します。

                  非常に大きなブラックホールでは、地平線付近でも潮汐量は弱いので、地平線を横切っても何も起こりません。
                  でも太陽質量のブラックホールでは、地平線に達する前に潮汐力で引き延ばされて、歯磨きのチューブから絞り出された練り歯磨きのようになってしまうそうです。
                  しかし、どんなに大きなブラックホールであっても、最後にはどんなものも潮汐力から逃れられません。
                  陽子さえも、中心方向に沿って引き延ばされ、水平方向に押しつぶされます。


                  ちなみに地球での潮の満ち引きは、月の引力による潮汐力で起こります。
                  月に向いた面では地球よりも海水がより月に引っ張られて満ち潮になるのはすぐに分かりました。
                  でも地球の裏側でも満ち潮になるのがどうしても分かりませんでした。
                  ある本に「海水よりも地球がより月に引っ張られる」と書いてあって、目からウロコでした(苦笑)。



                  [ところが その1]

                  サスキンドさんの本では以下のように書かれています。

                  ブラックホールから遠く離れた場所から観測すると、大きなブラックホールのホーキング温度は非常に低いので、光子はごくわずかしかエネルギーを持っていません。
                  でも光子は重力場から出てくるときにエネルギーを失ってしまうので、その同じ光子が地平線の近くで放射されたときは非常に高いエネルギーを持っていたはずです。
                  地平線の近くではもっと熱かったということです。
                  はるか遠くから見ると、ブラックホールは非常に冷たいのに、近づくと驚くほど高いエネルギーを持つ光子にぶつかるのです。

                    光子のエネルギーに関しては「重力赤方偏移」の話ですね。
                    ホーキング温度の定義は、遠く離れた場所から観測した場合ということでしょうか?

                  地平線から1プランク長さほど離れた場所に「拡張された地平線」があります。
                  ブラックホールの外側に留まっているあらゆる観測者には、拡張された地平線は非常に熱い層のように見えます。
                  それはあらゆる物体をばらばらの光子に変えて、太陽が光を放つようにブラックホールから光子が放たれます。
                  一方で自由落下する観測者から見ると、地平線は全く空っぽの空間のように見え、彼らにとって地平線は単なる帰還不能点でしかないのです。

                    「拡張された地平線」とは?
                    遠くから見ていると、地平線のところで焼かれてしまうということでしょうか?



                  [ところが その2]

                  2012年にカリフォルニア大学サンタバーバラ校のポルチンスキーらが、自由落下する観測者に関して新たな指摘をしました。
                  量子力学的な効果を考えると、自由落下する観測者が地平線を無事に越えられるとすると矛盾が起きると言うのです。
                  それを避けるために、地平線のところが高温になっていて、観測者は焼き尽くされてしまうのではないか、というのです。
                  この考えは「ファイアウォール(防火壁)説」と呼ばれています。


                    大栗先生のブログにわかりやすい説明があります。  → こちら 

                    もう、頭がぐちゃぐちゃになりそうです(涙)。



                  [ところが その3]

                  2014年に、ホーキングは新たな境界として「見かけの地平線」を提案しました。
                  「これまで想定されてきたようなブラックホールは存在しない」という部分だけが強調されて、ちょっとびっくりしました。

                    ナショナルジオグラフィック(日本版)に記事があります。  → こちら


                    一体どれが正しいのでしょう?
                    誰か、ブラックホールに飛び込んで観察してくれませんか?
                    でも事象の地平線を越えたら通信手段がなくなるので駄目ですね(苦笑)。



                  参考図書
                    ・ブラックホールに近づいたらどうなるか? (二間瀬敏史さん、さくら舎、2014年2月発行)
                    ・重力とはなにか (大栗博司さん、幻冬舎新書、2012年5月発行)
                    ・重力マシン (ケイレブ・シャーフさん(訳:水谷淳さん)、早川書房、2013年3月発行(原書は2012年))
                    ・ブラックホール戦争 (レオナルド・サスキンドさん(訳:林田陽子さん)、日経BP社、
                     2009年10月発行(原書は2008年))











                  2015.08.19 Wednesday

                  宇宙物理学  ホーキング放射

                  0

                    [ホーキング放射]

                    物理学者は光を完全に吸収する物体を黒体と呼びます。
                    ブラックホールは黒体です。 (ちなみに太陽も黒体です。)
                    しかしブラックホールは絶対零度の黒体だと思われていたのです。

                    ジェイコブ・ベケンシュタインが「ブラックホール自体がエントロピーを持っているに違いない」という革新的な新提案をしたとき、スティーヴン・ホーキングは最初それを意味のないものとして退けたそうです。
                    ホーキングにとって重要だったのは、エントロピーではなくて温度でした。
                    温度とは、エントロピーを1ビット加えたときの系のエネルギーの増加として定義されます。
                    だからブラックホールが温度を持つという考えがあまりにもおかしいと思ったのです。


                    しかしすぐに自分なりの思考の道筋を見つけました。
                    ホーキングはブラックホールのまわりで真空がどうなっているかを考えました。
                    真空では「量子ゆらぎ」によって、常に粒子と反粒子の対生成・対消滅が起こっています。
                      「真空とは?」の記事を参照して下さい  → こちら
                    エネルギーの揺らぎは小さいほど起こりやすいので、質量をもった粒子よりも、質量をもたない光子の対ができやすい傾向があります。
                    事象の地平線のすぐ外側でこれが起きて、対生成した片方だけが吸い込まれたとき、不思議なことが起こります。
                    もう一方はまるで一方が吸い込まれた反動ではね返されるかのようにブラックホールから離れていき、外から見ていると、あたかもブラックホールから光が出ていくように見えるのです。
                    これを「ホーキング放射」と呼びます。


                      画像は Nature のサイトからお借りしました。  → こちら



                    [ブラックホールの温度と蒸発]

                    とても面白いことに、その放射のエネルギー分布は黒体放射の分布と全く同じなのです。
                    だから「ブラックホールの温度」を定義することができるのです。

                    温度は質量で決まり、質量の大きなブラックホールほど低温です。


                    例えば太陽質量のブラックホールの温度は 6.4×10-8K (Kは絶対温度)です。
                    絶対零度より約100億分の1度高いだけなので、ほとんど絶対零度ですね。

                    でも質量の小さなブラックホールはもっと高温です。
                    地球質量では2.1×10-2K、月ほどの質量では1.7Kになります。


                    ブラックホールは「ホーキング放射」によって質量が減っていきます。
                    これを「ブラックホールの蒸発」といいます。
                    質量が減って小さく縮むにつれて温度が上がっていき、そのうちに熱くなります。
                    1000kgの質量になったときには温度は1.3×1020Kに上がり、プランク質量に達したときには1032Kまで上がっているでしょう。
                    宇宙のどこかがそんな温度になったのはビッグバンの初めだけでした。
                    最後は大爆発で終わるのでしょうか?

                    ただし、通常のブラックホールが蒸発するところを観察できる可能性は全くありません。
                    宇宙はビッグバンの名残りである宇宙マイクロ波背景放射で満たされていて、宇宙で最も冷たい場所でさえ絶対零度よりも2.7度ほど温度が高いのです。
                    銀河間の本当に何もない領域でさえ、通常のブラックホールよりも暖かいのです。
                    だからホーキング放射で質量が減る以上に、宇宙マイクロ波背景放射を飲み込んで質量が増えていきます。

                    宇宙の膨張が非常に進んで、現在の1億倍ほど大きくなると、太陽質量のブラックホールが蒸発を始めるでしょう。
                    それでもブラックホールの蒸発が始まってから全て蒸発し尽されるまでには長い時間がかかり、太陽質量程度のブラックホールでは約1067年という気の遠くなるような時間がかかります。


                    ところで、宇宙の初期には質量の小さなミニブラックホールが大量に作られたと考えられています。
                    それらは100億年程度で完全に蒸発して消滅し、その際に大量の光を放つとホーキングは予想しています。
                    でも残念ながら、そうした現象はまだ確認されていません。



                    [ブラックホールのエントロピー]

                    ホーキングの手法は非常に正確だったので、正確な温度を計算して、そこから逆算してブラックホールのエントロピーを計算することができました。
                    結果は、ベケンシュタインが示したようにブラックホールのエントロピーは事象の地平線の面積に比例していて、プランク長さで測定した事象の地平線の表面積の正確に1/4でした。
                    1/4という係数はプランク単位の定義によるもので特に意味はないそうです。

                    ブラックホールの蒸発によって質量も表面積も減るということは、エントロピーも減るということでしょうか?
                    蒸発によってブラックホールが熱くなり熱が出てきます。
                    熱というのは電磁波のことですが、ブラックホールから出てくる電磁波は「黒体放射」という特別なものです。
                    この電磁波のスペクトルはのっぺらぼうで、ブラックホールの温度以外の情報は何も得られません。
                    つまり「エントロピーが非常に大きな電磁波」なのです。
                    このブラックホールから出てくる電磁波がもっている大量のエントロピーは、ブラックホールの表面積が減った分以上になっていて、全体としてはやはりエントロピーが増えているのだそうです。



                    参考図書
                      ・ブラックホールに近づいたらどうなるか? (二間瀬敏史さん、さくら舎、2014年2月発行)
                      ・時空のゆがみとブラックホール (江里口良治さん、講談社学術文庫、2012年8月発行)
                      ・重力とはなにか (大栗博司さん、幻冬舎新書、2012年5月発行)
                      ・ブラックホール戦争 (レオナルド・サスキンドさん(訳:林田陽子さん)、日経BP社、
                       2009年10月発行(原書は2008年))











                    2015.08.18 Tuesday

                    宇宙物理学  プランク単位系

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                      [プランク単位系]

                      物理や化学で定数というのが出てきますよね。
                      代表的なものを幾つか示します。 (数値は出典によって多少異なるようです。)
                          h(プランク定数)=6.62607×10-34(m2・kg/sec)
                          アボガドロ数=6.02214×1023
                          真空の誘電率=8.85419×10-12(F/m)
                          電子の電荷=1.60218×10-19(C)
                          c(光速)=2.99792×108(m/sec)
                          G(ニュートン定数)=6.67384×10-11(m3・kg-1・sec-2

                      私も学生の頃は幾つかを必死で覚えましたが、
                      物理学者でも多くは大まかな桁数ぐらいしか言えないそうですね。

                      ところで、こういう定数って、数値が半端で、しかも非常に大きかったり小さかったりしますよね。
                      それは、長さ,重さ,時間などが、メートル(m),キログラム(kg),秒(sec)という人間の都合で決められた単位を用いているせいなのです。



                      1900年にマックス・プランクが、3つの定数(光速c、重力定数G、プランク定数h)が全て1となるような長さ、質量、時間の単位を思いつきました。
                      この3つを選んだ理由は、以下の3つの自然法則が真に普遍的と考えられたからです。
                        ・宇宙のあらゆる物体の最高速度は光速cである。
                         この最高速度制限は、光だけに当てはまる法則ではなく、自然の中にあるあらゆるものに
                         当てはまる法則である。
                        ・宇宙のすべての物体はそれらの質量とニュートン定数Gを掛けたものと等しい力で互いに
                         引きつけあう。
                         すべての物体とは文字通りすべての物体であり、例外はひとつもない。
                        ・宇宙の中のどんな物体でも、その質量と、位置の不確定性と、速度の不確定性を掛けたものは
                         プランク定数hより決して小さくならない。

                      長さの単位は、「プランク長」とか「プランク長さ」と呼ばれています。
                      それは陽子の直径の10億分の1の、そのまた10億分の1の、そのまた100分の1で、
                      約 1.6×10-35 メートルです。
                      陽子を太陽系のサイズまで拡大したとしても、プランク長さはウィルスほどの大きさにしかなりません。


                      さらにc,G,hを全て1にするためにプランクが必要とした時間の単位は考えられないほど小さなもので、
                      約 5.4×10-44 秒です。
                      これは光が1プランク長さを進むのにかかる時間です。

                      最後にプランクの質量の単位があります。
                      プランク長さとプランク時間が人間の日常的なスケールからは信じられないほど小さいのに対して、プランク質量は人間が取り扱えるスケール内にあります。
                      その値は約 2.2×10-8 キログラムで、肉眼で見ることができる最も小さな物体、例えばほこりなどの質量とほぼ同じです。

                      上記の数値が出典によって微妙に異なっているのですが、どうしてでしょう?




                      [ブラックホールとプランク単位系]

                      極微の世界を探るために、素粒子実験では粒子加速器を使います。
                      高エネルギーで加速された粒子を衝突させることでミクロの世界が見えてくるのです。

                      エネルギーを高めれば高めるほど、解像度が高くなるので、粒子加速器はどんどん巨大化してきました。
                      その最先端にあるのが、CERN(欧州原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)です。
                      一周27kmもある円形の装置内で陽子と反陽子を加速させ正面衝突させることで、≪100億×10億≫分の1メートルというミクロの世界を見ることができます。

                      では、加速器のエネルギーを際限なく高めることができたとしたら、果てしなく小さなものが見えるのでしょうか?
                      特殊相対性理論の「E=mc2」を思い出して下さい。
                      この式は、エネルギーが質量に転換されることを意味しています。
                      粒子同士が高エネルギーで衝突した瞬間、そこには「重いもの」が生まれます。
                      極めて小さな領域に大きな質量が集中すると「ブラックホール」が生まれてしまい、「事象の地平線」の内側は見ることができなくなってしまいます。

                      LHCの一京倍のエネルギーを実現できる加速器を考えてみましょう。
                      今の技術では、その加速器の半径は銀河系の厚みと同程度になるので、これはあくまでも思考実験です。
                      そのエネルギーで加速した粒子の波長は≪1億×10億×10億×10億≫分の1メートルになります。
                      そして、この波長の粒子が衝突した際に生まれるブラックホールのシュワルツシルト半径も同じ大きさになります。
                      つまり加速器の分解能とブラックホールの大きさが同程度になって、観測したい領域が覆い隠されてしまうのです。
                      そこから先は、エネルギーを高めれば高めるほどブラックホールは大きくなるので、ますます意味が無くなります。
                      従って加速器実験でミクロの世界を見る手法は、≪1億×10億×10億×10億≫分の1メートルまでが限界なのです。

                      実はこの大きさが「プランク長さ」なのです。


                      マックス・プランクは、光が粒だとする自分の理論と重力理論を組み合わせると、≪1億×10億×10億×10億≫分の1メートルが特別な長さとして表れるのに気が付きました。
                      この「プランク長さ」は、量子力学と一般相対論がどちらも同じぐらいの影響を及ぼす領域なのです。



                      「プランク長さ」と「プランク時間」は非常に深い意味合いがあるそうですが、私の勉強がそこまで及んでいません。
                      もう少し勉強が進んだら、またお話したいと思います。

                      ただ、長さも時間もこれ以上細かく分割できないという最小単位があるようです。
                      どうもそれが「「プランク長さ」 と「プランク時間」らしいです。

                      また、レオナルド・サスキンドによると、それらの単位(プランク長さ,時間,質量)は、存在可能な一番小さいブラックホールのサイズ,半減期,質量なのだそうです。
                      これはプランク・ブラックホールとでも呼ぶのでしょうかね?




                      参考図書
                      ・重力とはなにか (大栗博司さん、幻冬舎新書、2012年5月発行)
                      ・重力マシン (ケイレブ・シャーフさん(訳:水谷淳さん)、早川書房、2013年3月発行(原書は2012年))











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